納経のひとりごと

アラサーオタクの雑記です

二年目のバレンタインとアンビバレントな心

項羽はこの状況下で、気狂いのなかにある。が、様子はそうとも見えなかった。」司馬遼太郎項羽と劉邦

 

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どうも、お久しぶりの納経です。

今回は小説からの引用で始めてみました。

というのも、この一節が今の僕の心境を存外うまく表しているのです。

このテキストが皆さんの目に触れる頃には、この気狂いは解決していることでしょう。

 

※注意※

本記事はとても閉鎖的なコミュニティの話をするものです。

しかし、中心として取り扱う心情はそこそこ普遍的なものであるとは思いますので、理解はできるはず。

ただ、コンセプトカフェについての一定の知識が前提として必要かもしれません。

 

前提条件

このブログを読んでくださっている読者様であれば、少なくとも私が大阪はなんばにございますメイド喫茶e-maid」、別名「おうち」に帰宅していることはご存知かと思います。

さる2月、毎年おうちではバレンタインスタンプラリーというイベントが開催されますが、今年も(多少ルールに変化はあれど)開催されました。

ざっくり言えば、一定期間中にスタンプカードを集めきれば、カード一枚につき任意のメイドさん一人からバレンタインのプレゼントを頂戴することができる、というもの。スタンプは会計一定額ごとにもらえます。

 

本題

私はこのイベントに参加するのは二年目。今年は推しちゃんにバレンタインをお願いしました。

推している好きなメイドさんにバレンタインをもらえる、そんなもの嬉しいに決まっています。待ち遠しいに決まっています。

今年はコロナの影響でバレンタインイベントの期間が延びたため、プレゼントの受け渡しがホワイトデーと重なるという変則的な事態でもあり、ホワイトデーのお返しを準備しながらバレンタインのプレゼントを楽しみに待つ、というコンカフェ特有の不思議な状況を楽しんでもいました。

お返しも、仕事帰りに何度も百貨店に通い、どれが良いだろうかと足りない経験をフル稼働してあれやこれやと物色するのが楽しく……完全に遅れてきた青春のオタク。

 

この気持ちのまま、プレゼント交換当日を迎えられれば、それはそれはよかったのです。

 

来たる三月十四日。ホワイトデー当日からバレンタイン受け渡しが解禁されるのですが、推しちゃんは十六日からのお渡しだと公式Twitterにて連絡がありました。

そのため、当日はもう一人別のメイドさんにバレンタインをお願いしていた友人とともに帰宅しました。

すると、当然そこで行われるは友人とその推しさんとのプレゼント交換。顔のほころぶ友人。

そして俄然不安感に包まれる私。

 

前述の通り、私は昨年もこれを経験しています。昨年は推しさんに感動もののプレゼントをいただいたこと、今でもそのことは鮮明に思い出せます。

ですから、今年も同じように「嬉しい」「感動した」で済むと思っていました。実際十四日まではそう思っていたのです。

しかし、今年は昨年とは違う経験をしています。目の前で、友人が先にプレゼント交換をしています。

その刹那、言いようのない不安が私を照らしました。

 

お返しは用意した。お手紙も書いた。同封する文香も入れた。

準備はしたはずだ。

それなのに、ひどく落ち着かない気持ちになっている。

それは恐らく、一つの完了形を客観的に観測したことで、そこに自らを投射し、まだ時間に余裕のある自分を冷静に見つめ直したことに由来するのだろうと思います。要するに、「友人のターンは今完了した。自分は準備したがまだ何かやれる時間がある。今のままで大丈夫か」という内省が発動してしまったわけです。

そのままウキウキで当日を迎えられたはずが、直前になってこんなに心配になるなんて。

バレンタイン&ホワイトデーが自分の中でどれほど大きな出来事として位置づけられているかが察されますね。

 

 

終わりに

ホワイトデーに向けて自身を客観視してしまう事態に見舞われ、不安感に襲われている。

という話でした。

だからといって、期待感が無くなったわけでは全くありません。むしろこちらはどんどん膨らんでいます。

期待と不安。うん、三月四月の精神性としては何も間違ってはいませんね。

さあ、泣いても笑っても当日。なるようにしかならない。言うてもしゃあない。

楽しみ〜〜〜〜〜✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌

 

 

久々だからか、なんか書き方を忘れています。マジで何なんだこの記事は。

思っていること全て書いたわけではないし、内容も支離滅裂だし、全然納得いってないけど、書かないよりはマシだと思うのでこれで終わります。

ほんっとうに自分ややこしい人間だね!嫌になるよ!

 

それでは。